2014年9月2日火曜日
ネットは、怖い?
最近ネットで良く見かける、LINE の ID 乗っ取りによる被害の話。
試しに「id 乗っ取り」で検索してみると、出て来る出て来る…、5ページ目まで殆ど LINE に関するヒットです。
しかし実は、ラインに限らずFBでもありますし、Twitter でもあるようです。
便利さ、面白さの裏に潜む落とし穴。用心が肝要です。
パソコンの普及も頭打ちの現在、ネット社会の主役はスマホやタブレットなどのモバイルツールに移行しています。
小中学生から後期高齢者に至るまで、今やスマホを持っていない人を探すのが大変なくらいの現状。
それだけ手軽なツールになって来ている訳ですが、ネットを使用していると必ずどこかで要求されるのが「ID」と「パスワード」。
先の LINE や facebook にしても、始めるに当たっては最低限の個人情報の登録と ID・PW の設定が必要になります。
何かアプリをダウンロードする度に、「ID」と「パスワード」。
私も先日、いくつかの「ID」と「パスワード」を変更しましたが、整理してみると、登録している ID・PW は、ざっと数えても20以上はありました。
しかも、例えば Gmail の設定で使用した ID・PW は、その Gmail を連絡先として登録したアプリ等が乗っ取られた場合、当然のように Gmail の ID・PW も乗っ取られるという訳で、連鎖を考えると恐ろしくなります。
とは言え、今さらネットを止められるかと言いますと、業務上必要なものも含めて、現在のネット社会に於いては不可能と言わざるを得ません。
業務関連の情報は、当然、個人のネット関連情報とは一線を画しておりますので、こちらが乗っ取られたり情報漏洩することはないのですが、用心に越したことはありません。
契約しているサーバも含めて、見直すことにいたしました。勿論、事務所のパソコンのセキュリティも…。
便利さの裏には、必ず落とし穴がある…ということを肝に銘じましょう。
2014年8月21日木曜日
個人情報
(Yahoo ニュースから情報漏洩に関する記事をピックアップ)
昨今のネットの普及に伴って、ネットならではの問題も多発しています。
個人情報の漏洩(持ち出し・転売なども含む)や、SNSでの ID の乗っ取りなど、枚挙にいとまがありません。
そんなことを頭の隅に意識したまま、ふとネットで見た「カードローン」を申し込んでみました。
私の取引銀行のカードで、極度額○○○万円以下であれば収入証明書なども不要、ネット上で契約可能というものです。
まだ他社のクレジットカードのローンも残っているし、収入は雀の涙だし、まあ無理だろうけど、ダメ元と思いつつ…。
「申込を受け付けました、受付番号は・・・です」と、すぐさまメールが入りました。
ただこれは、申請を受け付けたというだけのことで、受理されたかどうかは分かりません。
3日たっても何の連絡もないので、やはりダメだったか…と思っておりましたら、本日携帯宛に銀行から連絡がありました。
カード申請、受理されたのです。
設定した極度額が遠慮がちだったからからか、はたまたビンボーなオジさんに同情してくれたからか…ま、そんなことはあり得ませんね。
さらに驚いたことは、実は私自身すっかり忘れていたことなのですが、21年も前にカード作っていたのです。それも同じ極度額で…。
電話して来た女性担当者が言うには、そのカードのローン金利は当時のままの 8.79%で、お客様の場合はこちらをお使いになった方がお得ですから、今回のお申し込み(金利 14%)は解除します…と。
そのカードが残っているかどうか自信がなかったので聞いてみると、最寄りの支店で再発行出来ますと言うのです。
使用実績がないと言っていましたから、私自身使っていなかったし、紛失とかで悪用されたこともないということです。
そして、そのカードの商品名も教えてくれました。
そんなカード、持っていたかなぁ…。でもあの大手銀行さんが言うことだから嘘なわけないし、まして金利の高いカードを押し付けるのではなく、安い方のカード…
う〜む、21年も前の記録。その私の取引銀行も、他の大手銀行同様、その間に他行と合併して今は名前も変わっています。
しかし個人情報として、その記録も伝え残されていたという訳ですね。
銀行という組織の情報管理能力に驚くとともに、もしこういった個人情報が漏れた時の恐ろしさを考えて、ゾッとしたものです。
私の個人情報として、他にはどんなものが管理されているのだろう…。
何となく嬉しかったのと同時に、考えてみれば怖いなぁ…と思えるお話でした (^^;
2014年8月11日月曜日
『失われた20年』と言われても…
永井一正氏の『広告デザイン史を語る』を、偶然見つけました。
http://adv.asahi.com/modules/feature/index.php/content0595.html
戦後日本の広告史を、大変分かり易くまとめられています。
私が業界に身を置くようになったのが、70年代前半のこと。ナショナル宣伝研究所でした。
永井氏の記事によると、70年代から80年代は、人々の関心が「物資の充実」から「ライフスタイルの充実」へと移行して行った時代で、広告表現が成熟期を迎えたのが80年代ということです。
『バブル景気は80年代後半に最高潮を迎え、60年代から進化を続けてきた広告も成熟期を迎えました。』(本文より引用)
単に生まれ合わせがそうだったというだけのことですが、広告の発展期後半から成熟期にかけて、広告の現場に身を置けたということに、今さらながら感謝したい気持ちです。
しかし今、広告は元気がありません。それは、世の中が元気ではないということでしょう。
90年代初頭のバブル崩壊以降の『失われた10年』、そしてリーマンショック後のさらなる『失われた10年』。
通算20年に亘って世の中が元気ではなかった訳ですから、経済活動と共に歩む広告が、元気になる訳はありませんね。
更に90年代後半辺りからインターネットが台頭し始め、デジタル化とともに雑誌や新聞、テレビ等の既存媒体の環境も大きく変化して来ました。
先の広告史の話で言えば、雑誌・新聞・ポスター広告が中心だったものが、テレビコマーシャルにその主役の座を明け渡したように、今やネット広告が中心になりつつある訳です。
(フォーリンクスも、正にウェブへと方向転換して来ました)
広告クリエイターの端くれとして言わせて頂ければ、媒体の遷移は時代の要請ですから仕方ないのですが、広告(クリエイティブ)そのものが輝きを失うということが寂しいのです。
大企業ではなくても、元気な企業はまだまだあります。たかがウェブサイトでも、一生懸命良いものを作ろうとしているクライアントも少なくありません。
1日も早く、争いや戦争のない、平和で元気な世の中になって欲しいものだと思います。
若いクエイター諸君は、その時に備えて、日々怠らず腕を磨いて行ってください。
私もまだまだ、頑張ります! (^^)
※トップの画像は、上記サイトより。
http://adv.asahi.com/modules/feature/index.php/content0595.html
戦後日本の広告史を、大変分かり易くまとめられています。
私が業界に身を置くようになったのが、70年代前半のこと。ナショナル宣伝研究所でした。
永井氏の記事によると、70年代から80年代は、人々の関心が「物資の充実」から「ライフスタイルの充実」へと移行して行った時代で、広告表現が成熟期を迎えたのが80年代ということです。
『バブル景気は80年代後半に最高潮を迎え、60年代から進化を続けてきた広告も成熟期を迎えました。』(本文より引用)
単に生まれ合わせがそうだったというだけのことですが、広告の発展期後半から成熟期にかけて、広告の現場に身を置けたということに、今さらながら感謝したい気持ちです。
しかし今、広告は元気がありません。それは、世の中が元気ではないということでしょう。
90年代初頭のバブル崩壊以降の『失われた10年』、そしてリーマンショック後のさらなる『失われた10年』。
通算20年に亘って世の中が元気ではなかった訳ですから、経済活動と共に歩む広告が、元気になる訳はありませんね。
更に90年代後半辺りからインターネットが台頭し始め、デジタル化とともに雑誌や新聞、テレビ等の既存媒体の環境も大きく変化して来ました。
先の広告史の話で言えば、雑誌・新聞・ポスター広告が中心だったものが、テレビコマーシャルにその主役の座を明け渡したように、今やネット広告が中心になりつつある訳です。
(フォーリンクスも、正にウェブへと方向転換して来ました)
広告クリエイターの端くれとして言わせて頂ければ、媒体の遷移は時代の要請ですから仕方ないのですが、広告(クリエイティブ)そのものが輝きを失うということが寂しいのです。
大企業ではなくても、元気な企業はまだまだあります。たかがウェブサイトでも、一生懸命良いものを作ろうとしているクライアントも少なくありません。
1日も早く、争いや戦争のない、平和で元気な世の中になって欲しいものだと思います。
若いクエイター諸君は、その時に備えて、日々怠らず腕を磨いて行ってください。
私もまだまだ、頑張ります! (^^)
※トップの画像は、上記サイトより。
2014年7月29日火曜日
「‥‥と言われています」の怖さ
怖さと言うよりは、「いい加減さ」なんですけれども…。
テレビのニュースや番組の中でよく使われておりますが、ともすると「ふ〜ん、そうなんだ…」と思わされてしまいます。
そこが怖いんです。
そもそも「…と言われています」とは、一体「誰」が言っているのでしょうか。
政府でしょうか? 或は学者? 役所? 世間…?
出典を明らかにせず、さもそれが正しい事であるかのような印象を与える言い方です。
テレビのようなメディアで、アナウンサーやコメンテーターが、「○○は、××だと言われています」という風にさらりと言われてしまうと、「誰が言ってるんだ?」と突っ込む間もなく、意識の上を流れて行ってしまいます。
残るのは、「ふ〜ん、そうなんだ…」という印象です。
このブログを良く読む人は、フォーリンクスに仕事を依頼したいと思っている人が多いと言われています…。
さて、どうしますか? (^^;
(写真はFBのKLMページから…)
2014年7月24日木曜日
『SEO対策という考え方の終焉』という考え方
職業柄、このヒトのブログは時々読んでますが、いつもなかなかいい事を書いてます。
表題の記事に関しては、まあ言い方は別として、正鵠を射ています。
つまり、『SEO対策』という商売は金になる…という考え方の否定です。
一時期は猫も杓子も『SEO対策』と言って騒いでいたものですが、そもそも本家のサイトの改善もせずに、手練手管でアクセスを上げようなどという考え方自体が間違っている訳で、だからこそ悪徳業者がはびこる事になり、同時に高額の報酬を払って、却って自サイトの評価を落とすなどという馬鹿げた事が起こった訳です。
弊社では以前から、『SEO対策』の提案には「先ずサイトを改良しましょう」という話をさせて頂いて来ました。
index ページに殆どテキストコンテンツが入っていない、スクリプト動画や画像だけのサイトでは、いくらメタタグにキーワードをぶち込んでも、却って検索エンジンに弾かれる結果となります。
表題のブログの主も言っているように、先ずはそのサイトが『ユーザー目線』で作られているかどうか、これに尽きます。
クライアントがどう思われたいか、ではなく、ユーザーはどう思うか、この視点の方が大事なのです。
「パッと見カッコいいけれど、何にも情報がないじゃん…」
これではまた見てみようという気も起こりませんし、そもそも、『SEO対策』の施しようもないのです。
『SEO対策』というのは、実は本家サイトを充実させて行く事の繰り返し…、実に「地味な」作業なんです。
「急がば回れ」とも、言えます。
キャンペーンなどで、一時的に金をかけて行なうのは仕方がありませんが、地道な作業を怠ってはならないのです。
まぁ話は大げさになりますが、「一攫千金」なんてのは絵空事、人生、地道に行きましょ、ということですね。
サマージャンボは、明日で締め切りだそうですが… (^^;
2014年7月18日金曜日
世の中、酷い事になってますが…
心が洗われるような、素晴らしい自然の風景です。
こんな環境に居たら、世界の情勢やら日本の将来の事など考えて、頭を悩ませることもないでしょうに…。
しかし、日本も含めて今世界は、酷い事になってますね。
お膝元では武器輸出がオーケーになり、秘密保護法がまかり通り、いつの間にやら集団的自衛権も閣議決定され、福島原発事故の後処理や補償も終わっていないうちから、原発再稼働を政府も経済界もこぞって押し進めようとしています。
世界に目を向ければ、ウクライナで民間機が撃墜され、パレスチナでは血で血を洗う報復の繰り返し、アフリカでの民族闘争、中国の強引な領土拡張の動き等、全く人間ってこんなに醜い生き物だったかと思わざるを得ないような事ばかり…。
日常のニュースを見ていても、殺人、子どもの誘拐、詐欺事件など、多分にマスコミがこういう話題をこぞって取り上げているせいもあるのでしょうが、酷いものです。嫌になります。
加えて最近の気象の変化。日本は温帯であったはずなのに、最近どうも亜熱帯になってしまったかのようです。
巨大化する台風や集中豪雨など、昔はめったになかった事が、日常化しつつあるように思えます。
私などは、梅雨入りした直後から早々と夏バテ状態です (^^;
悔しいのはこれら全て、自分の力で直ぐに何とか出来る問題ではないということです。
かと言って、全て見て見ぬ振りを決め込むこともできない情けなさ。
どうしたらいいのでしょうねぇ…
こんな環境に居たら、世界の情勢やら日本の将来の事など考えて、頭を悩ませることもないでしょうに…。
しかし、日本も含めて今世界は、酷い事になってますね。
お膝元では武器輸出がオーケーになり、秘密保護法がまかり通り、いつの間にやら集団的自衛権も閣議決定され、福島原発事故の後処理や補償も終わっていないうちから、原発再稼働を政府も経済界もこぞって押し進めようとしています。
世界に目を向ければ、ウクライナで民間機が撃墜され、パレスチナでは血で血を洗う報復の繰り返し、アフリカでの民族闘争、中国の強引な領土拡張の動き等、全く人間ってこんなに醜い生き物だったかと思わざるを得ないような事ばかり…。
日常のニュースを見ていても、殺人、子どもの誘拐、詐欺事件など、多分にマスコミがこういう話題をこぞって取り上げているせいもあるのでしょうが、酷いものです。嫌になります。
加えて最近の気象の変化。日本は温帯であったはずなのに、最近どうも亜熱帯になってしまったかのようです。
巨大化する台風や集中豪雨など、昔はめったになかった事が、日常化しつつあるように思えます。
私などは、梅雨入りした直後から早々と夏バテ状態です (^^;
悔しいのはこれら全て、自分の力で直ぐに何とか出来る問題ではないということです。
かと言って、全て見て見ぬ振りを決め込むこともできない情けなさ。
どうしたらいいのでしょうねぇ…
2014年7月11日金曜日
デザインとは何か…
大変大きなテーマであります。簡単にちょいちょいとまとめることなど出来ません。
しかしこれは、私が業界に身を置くようになって以来40数年、ず〜と頭の隅に有り続けたテーマでもあります。
私は学者ではありませんので、ここで「デザイン」の定義をしようなどとは思いませんが、想いは言葉にしておく方が良いと考えました。
一口に「デザイン」と言っても、私が身を置く広告業界からファッション、プロダクト、建築など、分野は多岐にわたりますが、私の場合は広告業界に於ける「デザイン」を語ります。
広告とは、ある商品やサービス、企業などを、広く世の中に知らしめることですから、広告デザインとはその(目に見える)表現手法のことを指します。
ポスターや雑誌・新聞広告のような紙媒体もありますし、テレビコマーシャルや、最近ではウェブサイトなどのデジタルメディアもあります。
如何に目を惹くか、そして目にした人に何を訴えるか…。それらを決定づけるのがデザインです。
キャッチフレーズやナレーションのように、言葉に関わる部分の役割も大きいですが、私はそれらをも含んで「デザイン」だと思っています。
では何が「良いデザイン」かと言いますと、それを測る一定の基準など存在しないのです。ですからありとあらゆるデザインが生まれ出て来ますけれど、やはり何となく「良いデザイン」というのはあるものです。
目を惹くと同時に、好感が持てるもの、とでも言いましょうか…。
しかし厄介なことに、大半はその人の好悪の感情(つまり、好きか嫌いか)で判断されてしまうのもデザインなのです。
業界の方なら大抵は経験済みだと思いますが、プレゼンテーションの場で入魂のデザイン案を、「う〜ん、これ、好きじゃないな」というクライアントのひと言で葬られたこと…。
さて、では、「デザイン」とは何でしょうか。
私の未熟な言葉で締めくくるより、私が好きで、今でも10年以上に亘って使い続けている Apple Macintosh 生みの親(の一人)、スティーブ・ジョブズの言葉を引用させて頂きます。
"Design is not just what it looks like and feels like. Design is how it works."
Steven Paul "Steve" Jobs
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